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「なんでお父さんは約束を守るの?」

by Vege Sato

クルマでちょっと離れた商業施設(ららぽーと船橋)まで、家族で片道小一時間のドライブ。朋(妻)は運転免許を持っていないので運転は決まって僕だ。助手席を定位置としているのは太郎(6歳の息子)で、後部座席の方が、太郎の後ろが朋で運転席後ろのチャイルドシートがまつ(3歳の娘)。

昼下がりの帰り道、なぜまつが唐突に今日のタイトルの発言をしたのかは思い返しても不明だが、いきなり隣に座る母親に質問した。朋が即答して曰く、

「ベジは約束を守る人だからだよ」

それを聞いた僕は

「テキトーだなおい!」

とまた返す。そして続けて僕は隣の息子にこう振ってみた。

「太郎は何故だと思う?ちなみに理由は二つあります」

しばらく考えた太郎は

「一つ目はベジが真面目だから。もう一つは警察官に怒られるから」

苦し紛れに絞り出した感もあり、全く確信なさげ。受けて僕は、

「分からなくても自信がなくても、勘で何か言う方が『わかりません』よりはずっといい」

と伝えながら、以下の通り長々と話し始めた。

「理由は二つあるって言ったよね?答えから先に言っちゃうと、一つ目は『明日を信じているから』。二つ目は『身の回りにいる人が好きだから』だ。なんで明日を信じていると約束を守るのかと思うだろ?これから説明するね。

明日が来るってことはさ、約束を破った人は、明日破った相手に『ベジくんは昨日約束を破ったから、僕はもうベジくんのことは信用しない』とか『ベジくんが昨日約束を破ったから、私はとても悲しい気持ちになった』ってなっちゃうかもしれないよね?

逆に約束を守った人は、明日守った相手に『ベジくんは昨日約束を守ってくれたから、僕もベジくんに約束していたことを今日やろう』とか『ベジくんが昨日約束を守ってくれたから、私は今日朝起きた時からこんなに晴れやかな気持ちだ』ってなる可能性高いよね?

どう考えても、明日がもし来るなら、約束を守ると物事が良い方向に進んで、破ると悪い方向に進む。たとえそれがすぐ明日には変わらなくても、明後日か、来週か、来月か来年か、おじいさんになった頃にはきっと『嘘つき』または『頼りになる人』だと思われている。これほどはっきりしているんだから、明日が来るって信じていれば、どう考えても約束は守った方が得なんだ。

それから二つ目。こちらは太郎でもわかるよね。もし俺が太郎との約束を破ったら、守ってもらえなかった太郎はがっかりしちゃうだろ?『なんだよ。信じてたのに』って。なんなら俺も太郎との約束を守れなかったことあるよね。あるどころじゃなく、これまで何回も何回も。しかもちょっと前に太郎との約束を守れず太郎を残念な気分にさせてしまったことも、ちょっと日が経つと太郎は、忘れてくれているのか、許してくれているのか、理解してくれているのか、またとびきりの笑顔で話しかけてくれる。

そんなことを繰り返してまた約束を俺が平気で破っていたら、俺は本当に太郎のことを好きって言えるか?好きな人に悲しい思いや残念な気分にさせて、かつ寛大に許してもらうなんてことを繰り返すなんて、そもそも人にできるだろうか。俺はできないと思う。もしできたら、俺はそれはその人を好きだとは言えないと思う。だから、身の回りにいる人のことが好きだったら、その人のことが大切だったら、たまには仕方がない部分があるとしても、基本的には誰かとの約束は守るのが当たり前だと思うんだ。だから好きな人には、できない約束はしないってことも俺は大事にしてるんだー」

だいぶ長くなってしまったが、太郎は隣同士の席の位置関係だったこともあり、かなり理解してくれた様子。朋も

「本当にその通りだけど、それ実際にやるのって難しいなぁ。私にできるかなぁ」

と少し苦笑いして不安げ。そして言い出しっぺのまつは、

「スー、ピー、スー、ピー」

クルマの揺れに幼児は?そう!熟睡中。僕自身が熱を上げて弁を振るっていたせいもあるし、位置関係がの真後ろなのでミラー越しにも顔が見えないこともあるが、まつは僕の独演会には微塵の興味も関心もなく、気付いた時にはだいぶ前からと思しき天使の寝息を、小さく均一なリズムで立てていた。

僕はこの子たちとした約束を、できるだけ守らなければならない。いや心から守りたい。彼女の寝顔がその決意を新たに、そしてより強くする。朋が言う通り ”言うは易し行うは難し” だ。上記の如く調子に乗った僕も、我が子や妻、友人や仕事関係者との約束を果たせないことも数々ある。もちろんまだまだ至らぬ僕は、子供達に直接は少々、寝顔に対してはかなり頻繁に「力不足でごめんな」と謝っている。もっと有能で有力な親であってやれたら…と。

今日まつが、普段の僕のどこをどう見て「約束を守る男」と評価してくれたのか、あいつは人を見る目がないのか、いやあるのか、評価対象が自分自身だから客観的にはなんとも言えない。もしくは皮肉を込めて年の瀬に激励の一発でもかましてくれたのか。いや、ここは素直に、最低限この子は父親を認めてくれてはいると受け止め、明日を信じこの子を愛し、揚々と進む力に換えていきたい。

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